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東京高等裁判所 昭和48年(う)2540号 判決 1975年3月25日

被告人 真久田正 外二名

主文

本件各控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人三名の連帯負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人重国賀久、同鈴木一郎、同伊藤忠敬、同錦織淳、同磯貝英男共同名義の控訴趣意書並びに被告人三名共同名義の控訴趣意書及び同補足書にそれぞれ記載してあるとおりであり、これらに対する答弁は検察官土屋誠士名義の答弁書に記載してあるとおりであるから、いずれもこれらを引用し、これに対して当裁判所は、つぎのとおり判断する。

弁護人の控訴趣意第一点(理由不備ないし理由齟齬の違法及び法令適用の誤りの主張)について

所論はまず、原判決には理由不備ないし理由齟齬の違法があり、破棄を免れないと主張し、その理由として、原判決は、判示第二の事実において、衆議院本会議の議事を威力業務妨害罪の業務にあたると認定し、理由中の、「主たる争点に対する当裁判所の判断」(以下原判決理由中の判断という)の第二威力業務妨害についての項(原判決書五丁裏以下)において、右認定の理由を説示しているが、その理由自体の内容において、相互に矛盾し、なにゆえ本件衆議院本会議の議事が業務となるのか、結局理由を明らかにしていないから、原判決には理由不備ないし理由齟齬の違法がある、というのである。

よつて右の点につき、原判決を検討するに、原判決が説示するところは、要するに、公務を権力的職務(直接私人に対し命令、強制を現実に加える職務)と非権力的職務(右以外の職務)とに区別し、その区別の基準を、法が自ら職務を執行するに際し受ける抵抗を排除してまで執行を遂げる権能、即ち自力執行力を法によつて付与されているか否かに求め、前者は、自力執行力を付与されているから威力業務妨害罪にいう業務から除かれているとみるべきであるのに反し、後者は、自力執行力が付与されていないから、右業務に含まれるものというべきところ、本件衆議院本会議の議事は、それ自体現実に強制力を内容とする職務ではなく、自力執行力を付与されたものと解することはできないから、非権力的職務に属するものであると判断したうえ、国会会期中の議長に議院の規律を保持するための内部警察権が付与され、妨害排除権能が認められているからといつて、右判断の妨げとはならないとし、従つて右議事自体に対する暴行、脅迫に至らない程度の威力による妨害であつても、威力業務妨害罪を構成すると解するのが相当であるというのである。よつて、右議事が業務にあたると認定した理由を明らかにしており、その間に所論のような矛盾があるとは考えられない。原判決にいういわゆる自力執行力の用語が、所論のように行政法学上の行政行為のみに限定して使用しているものではないことは、その判文上明らかであり、また原判決が衆議院の本会議の議事が現実に強制力を行使することを内容とする職務ではないことを、その態様において、対比的に一般社会の会議と異なるところはないと説示する点も十分に理解し得るところである。その他所論に徴し、原判決の理由を更に吟味してみても、原判決が本件衆議院本会議の議事は、威力業務妨害罪の業務にあたると判断し説示するところは、これを相当として是認することができ、当裁判所の後記見解と同一趣旨に出でるものであつて、所論のように理由不備あるいは理由齟齬の違法があるものとは認められない。論旨は、理由がない。

所論はつぎに、原判示第二の威力業務妨害罪の事実につき、本件衆議院本会議の議事は、業務に該当しないから、被告人らは無罪であるのに、原判決は業務にあたるとして刑法二三四条を適用したのは、法令の適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。

よつて、右の点につき検討を加えるに、衆議院は、いうまでもなく参議院とともに国会を構成する一院で、衆議院議員をもつて組織され、その会議の議事は、国家統治権に基づく立法作用で、公務であることは明らかであるが、その内容ないし態様は、衆議院議員出席のもとに、法律案、予算案、条約の承認案、その他の諸議案を審議し、議決して、議院の意思決定作用を営むものであり、またその会議の過程において内閣総理大臣の所信演説が行われたり、委員長報告、趣旨説明、質議応答がなされたりするのであつて、その議事自体は、国民に対し直接強制力をもつて命令、強制を現実に加えるような権力的作用を行使する職務、すなわち権力的職務ではなく、いわゆる非権力的職務に属するものというべきである。従つて前示趣旨において一般私人または私法人等が開催する会議とは異なる性格を有するものとはいえ、その会議の議事遂行そのものの態様は、厳粛な雰囲気の存否は別として、政党や組合の定期大会、学術会議、委員会の会議あるいは民間会社の会議のそれと類似したもので、非権力的職務にあたるから、国政を議する衆議院の会議の議事が威力業務妨害罪の対象とはならないとする合理的根拠はないものといわなければならない。従つて、衆議院の会議の議事は、刑法二三四条にいう業務の中に包含されるものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、第六七回臨時国会において、政府より、国会における沖繩返還協定の承認を求めるとともに、沖繩の復帰に関係する諸法案が提出され、衆議院本会議において内閣総理大臣佐藤栄作の所信演説が行われている際に、被告人らは、原判示第二の威力を用いて議場を一時騒然たる状態に陥れ、議事の進行を阻害したものであつて、これが衆議院の業務である会議を妨害したことにあたり、威力業務妨害罪を構成するとして刑法二三四条を適用した原判決は、正当といわなければならない。

所論は、また種々の理由をあげて本件議事が業務妨害罪にいう業務に該当しないことを強調するので、その主要な点について判断する。所論指摘のとおり、国会の会期中は、衆議院の議長は、内部警察権及び秩序維持権を保有し、傍聴人が職場を妨害し、秩序をみだしたときは、衛視等をしてこれを排除せしめることができる(国会法一一四条、一一五条、一一八条、一一八条の二、衆議院規則二〇八条、二三一条等)ことはいうまでもない。しかし本件は、かかる議長の内部警察権の執行あるいは衛視等の実力による排除行為である権力的職務の遂行を直接妨害したというものではなく、非権力的職務である衆議院の本会議の議事自体を妨害したものであるから、この点に関する所論は理由がない。またかかる衆議院の本会議の議事は、所論のいう公務執行妨害罪及び業務妨害罪に関する立法の沿革並びに現行法の体系を慎重に考慮にいれて解釈しても、刑法上保護される必要は、十分に存するものと考えられ、所論引用の各判例の軌跡を仔細に検討すれば、最高裁判所昭和四一年一一月三〇日大法廷判決(最高裁刑集二〇巻九号一〇七六頁)は、国鉄職員の職務につき、これが業務妨害罪の業務に含まれる根拠として、非権力的業務性を重視しているものと理解できるから、所論判例に違反するものとはいえない。更に以上のような解釈のもとに、具体的職務執行について法を適用すれば、公務のうち権力的職務と非権力的職務との区別が所論のように曖昧になるものではないから、罪刑法定主義に反する結果をもたらすことにはならない。また所論のように、国会の議事妨害に対しては、国会自体の立法による特別の秩序罰を定めた制裁法規がない限り、処罰は許されないのであつて、これを刑法の業務妨害罪の規定によつて制裁を科することは、現行憲法体系に違反することになるとは、これまた到底考えることができないのであつて、かかる特別法のないことが、前示の判断を妨げることにはならない。以上のとおり原判決には法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第二点、第六点及び被告人の控訴趣意第二点(訴訟手続の法令違反の主張)について

各所論はいずれも原審の訴訟手続には弁護人申請の証拠調請求を却下した点において法令違反があり、その違反が判決に影響を及ぼすことは明らかであると主張する。

各所論は、まず弁護人が原判示第二の事実につき、被告人らの本件爆竹及び叫び声などの威力の程度について、衆議院本会議場の検証並びに証人として佐藤栄作及び船田中の証拠調の請求をしたのにかかわらず、原審がこれを却下したのは、訴訟手続の法令違反であるというのである。しかし、記録を精査すると、原審は、衆議院本会議場等の検証の結果を記載した司法警察員作成の検証調書のほか、原判決挙示の証人加賀谷常四郎ら関係証人を取り調べ、かつ弁護人申請の証人佐藤一羊、同鈴木武樹を採用して取り調べ、十分に所論の威力の程度につき証拠調をしたことが認められるから、更にそれ以上審理を尽くす必要はなかつたものといえるのであつて、所論の証拠調請求を却下した原審の措置に訴訟手続上なんら違法、不当の点はない。論旨は理由がない。

各所論は、つぎに、弁護人が原判示第一、第二の各事実につき、その事実の存否、犯罪の成否、可罰的違法性阻却事由等を立証するため、証人として比屋根照夫外二九名と衆議院本会議場の検証を申請したのにかかわらず、原審は、若干名の証人を採用して取り調べたのみで、その余の請求をすべて却下し、更に異議申立を棄却したが、これらを取り調べれば、原判決と別の判断となりうることは明らかであるから、原審には審理不尽による訴訟手続の法令違反があるというのである。しかし、記録を検討するに、原審は、原判示第一、第二の事実については、原判決挙示の証拠等のほか、前記弁護人申請の証人佐藤一羊、同鈴木武樹を取り調べ、また弁護人主張の被告人らの行為の正当性ないし可罰的違法性阻却事由についても、証人井上清、同新川明を取り調べているのであつて、本件事案の内容に鑑みれば、原審は必要にして十分な証拠調をしたものと認められ、更に特段の審理を進める必要もなかつたものと認められる。従つて、原審には審理不尽はなく、所論の証拠調請求を却下し、異議を棄却した原審の措置に訴訟手続上なんら違法、不当の点は見当らない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第三点(事実誤認の主張)について

所論は、原判示第二の威力業務妨害罪において、被告人らの所為を威力にあたると認定した原判決には、判決に影響を及ぼすべき事実誤認があると主張する。

しかし、原審記録を精査して検討するに、原判決挙示の関係証拠を総合すれば、原判示第二の事実を優に認め得るのであつて、被告人らの所為を威力にあたると認定した原判決に誤りがあるとは考えられない。原審記録中のその他の証拠をも合わせて慎重に調査し、当審における事実取調の結果に徴しても、原判示第二の事実認定につき、所論の誤認はない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第四点(法令適用の誤りの主張)について

所論は、建造物侵入罪に該当する行為は、人の看守する建造物に、その事実上の平穏を害する態様で立ち入る行為をいうと解すべきであるのに、原判決は、判示第二の事実について、同罪は看守者の意思に反して正当な理由なくその建造物に立ち入ることにより成立すると判示し、建造物侵入罪の成立を認めて刑法一三〇条を適用したが、これは、法令の解釈適用を誤つたもので、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであると主張する。

しかし、建造物侵入罪は、人の看守する建造物にその看守者の意思に反して正当の理由なく立ち入ることによつて成立するものと解すべく、原判決理由中の判断の第一、建造物侵入についての項(原判決書三丁裏以下)において、右の点に関して判示し、同罪の成立を認めたのは、相当としてこれを肯認することができる。原判決が証拠により認定した判示第一の建造物侵入罪につき、刑法一三〇条を適用したのは正当であつて、その法令の解釈適用に誤りはない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第五点(事実誤認の主張)について

所論は、原判決理由中の判断の第一建造物侵入についての項において、被告人らの本件衆議院議場への立ち入りが、その目的において違法であり、右立ち入りの態様が平穏といえない旨を認定したのは、判決に影響を及ぼすべき事実誤認であると主張する。

そこで、原審記録を精査するに、原判決が判示第一の事実の証拠として挙げる各証拠を総合すれば、原判示第一のとおりの住居侵入の事実を明らかに認めることができ、記録中のその余の証拠を合わせ考慮しても、右事実認定に誤りがあるとは考えられない。原判決が、右認定事実に徴し、所論の建造物侵入についての項において、被告人らの議事妨害を目的とした本件衆議院議場への立ち入りが、その目的において違法であると認定したうえ、右違法目的のために一般傍聴人を装い、爆竹等を隠し持つて議場に立ち入つたことが、その態様においても平穏とはいえない旨言及したのは、相当であつて、事実誤認はない。論旨は理由がない。

弁護人の控訴趣意第七点(事実誤認及び法令適用の誤りの主張)並びに被告人の控訴趣意第一点及び補足控訴趣意(事実誤認及び理由不備ないし理由齟齬の違法の主張)について

各所論は、要するに、原判決理由中の判断の第三可罰的違法性についての項(原判決書八丁裏以下)において、被告人らの本件行為は可罰的違法性がないとの弁護人の主張を排斥した判断には、前提事実の認定において採証法則に違法があるのみならず重大な事実誤認があり、本件を違法性ありとした点に法令適用の誤りがあり、また理由不備ないし理由齟齬の違法があるから、原判決は破棄を免れないと主張する。

しかし、原判示第一、第二の各事実が、原判決の掲げる各関係証拠によつて優に認定できることは、上記説示したとおりであるが、所論に鑑み更に記録を調査しても、原判決には採証法則の違法はなく、また右事実認定に誤りがあるとは考えられない。原判決が右認定事実を基礎にして、所論の可罰的違法性についての項において、弁護人の可罰的違法性がないとの主張を、詳細に理由を述べて排斥した判断は相当であつて、所論の法令適用の誤りも、理由不備ないし理由齟齬の違法があるものとも、とうてい認められない。その他記録全体を検討し、当審における事実取調の結果を考慮しても、以上の判断を動かしうる資料は見当らない。論旨は理由がない。

なお、原判決は、刑法二三三条を明記していないが、判文上同条を適用したことは明らかであり、控訴趣意もこのことを当然の前提としていることは明らかである。

よつて、刑訴法三九六条により、本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文、一八二条により被告人三名に連帯して負担させることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢崎憲正 大澤博 本郷元)

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